名古屋高等裁判所金沢支部 昭和29年(う)280号 判決
原判決挙示の証拠、就中、被告人に対する検察官作成各供述調書の記載、吉田フサに対する司法警察員作成各供述調書の記載等を綜合すれば、原判示第一の事実を肯認するに十分である。弁護人は、「被告人の所為は、自己の劣情を満足せしめる目的で、女に抱き付き、所携の帽子でその口辺を抑えたに止まり、それ以上何等の行動に出たものでないから、此の程度の所為によつては、いまだもつて暴行罪の成立を認むべきでない。」旨主張するけれども、しかしながら、刑法第二百八条に所謂暴行とは、人の身体に対する不法な一切の攻撃方法を汎称すると解すべく、従つて、被告人の本件所為、すなわち、夜間戸外に於て、通り蒐りの婦女に抱付き、帽子をもつてその口を塞ぐが如き所為は、人の身体に対し、不法な攻撃を加えたものとして、刑法第二百八条所定の暴行に該当することが明かであるから論旨は理由がない。なお、仮令本件暴行の所為が、強姦其の他別罪の手段であり、別罪の一部を構成するものであるとしても、元来刑事訴訟法は、検察官に於て、訴追の都合上、斯かる一罪の一部分を独立の犯罪行為として取上げ、専ら該部分のみを起訴状に掲げ、審判の対象を此の部分に局限することを禁止するものでなく、従つて原審が、訴因の変更を命ずるをもつて相当となさず、訴因の限度内に於て暴行の事実のみを認定したからと言つて、斯る原審の措置を目して、証拠の判断を誤り、事実を誤認したものと言うを得ないことは言う迄もない。この点に関する論旨も理由がない。
同第二点について。
裁判官が審理の経過中、或る事実の存否について、誤つた観念を抱いていたことがあつたとしても、その後判決に際しその誤りに気が付き、正しい認識の下に判決の言渡しをしたものであるに於ては、以上のような審理経過中の誤解は、これをもつて、判決に対する攻撃の資料とするを得ないものであることは言う迄もない。論旨援用の資料によれば、被告人の本件所為は、さきの確定判決による罪に対し、所謂余罪の関係にある犯罪行為であるにも拘らず、原審は被告人の本件所為をもつて、さきの判決による執行猶予期間中、さらに犯した新な罪であると考えたものの如く、第一回公判廷に於て、被告人に対し、さきに寛大な裁判を受けながら、その後さらに本件所為を敢行した理由如何を追究尋問し、これに対し、被告人は陳謝の意を表明していることを認め得ない訳でないけれども、しかしながら、原判決を検討すれば、原審は判決に際し、敍上の如き謬見より完全に脱却し、本件所為並に所論の前科を、刑法第四十五条後段の併合罪と認め、同法第五十条に則り本件所為につきさらに処断していることが明かであつて、以上によれば、所論の如き事実は、これをもつて、原判決に対する攻撃の材料とするを得ないものであるから、論旨は採用の限りでない。
(裁判長判事 水上尚信 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)